走れメロス 1

「走れメロス」は、教材研究をすればすぐにわかるように、設定の矛盾がいたるところにある作品です。
この点からすると入試問題にはまず出題されない部類の小説だと思います。

またこれは、道徳の教材ではありません。
国語の授業としてどのように成立させるかが学習のポイントとなります。

国語の学習では、テキストをどのように料理するかがポイントです。
そこでまず、素材としての「走れメロス」を分析してみましょう。
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「走れメロス」の矛盾点

1 メロスは走っていない

「算数・数学の自由研究」作品コンクール(理数教育研究所 2013)に入賞した「メロスの全力を検証」という中学2年生の研究があります。
この研究では、作品内の記述をもとにメロスの平均移動速度を算出し、その結果「メロスはまったく走っていない」という結論を得ました。(PDFはこちらからダウンロードできます。)
私の計算でも、川を泳いだり眠ったりした時間を除いたスピードは、
  • 往路は小学校三年生の遠足(初心者のジョギング)並み
  • 復路後半も小学校高学年の遠足以上、中学生の競歩大会未満
でした。

2 妹の結婚式の予定が食い違っている

メロスは妹の結婚式の食材調達のためにシラクスの町にやってきます。
初夏(立夏から芒種の前日まですから6月頃)の話だと書かれています。
一方「妹の婿」は「明日結婚式を挙げてくれ」というメロスに、準備が出来ていないという理由で「ぶどうの季節まで」待って欲しいと言っています。
ぶどうの季節はどんなに早くても9月以降でしょう。
ギリシア時代、結婚は夫と花嫁の後見人との契約により成立しました。つまり、メロスは牧人との契約に従って食材調達にシラクスの町に買い出しに来たわけです。
では、メロスがもしディオニス王を暗殺しようとしなかたったら、いつ結婚式をあげるつもりだったのでしょう。9月以降にあげる結婚式のために、三ヶ月も前に食材を調達するのでしょうか。
夫となる牧人と、花嫁の後見人であるメロスとは、結婚をあげる時期に共通の認識がなかったようです。どちらかが勝手な思い込みで行動していたとしか思えません。

「走れメロス」の悲しい裏舞台

1 ディオニス王朝は滅亡する運命だった

ディオニス王は、①王妹の婿、②王太子、③王妹、④王妹の子、⑤皇后、⑥臣下の順に粛清しました。
この順番から、どのような物語が考えられるでしょう。
  • 王妹の婿が王太子をそそのかし、王を殺害して実権を握ろうとクーデターを計画した
  • そう考えたディオニス王は、まず主犯である王妹の婿を粛清し、自分を亡き者にしようとした後継者の王太子を粛清。次にその関係者である主犯の妻の自分の妹と、恨みを残さないために自分の甥である王妹の子を粛清。次いで、息子を殺した夫を責める妻である皇后を始末し、うるさい臣下も始末した。

もしディオニス王が王妹の婿を信頼していたのなら、そして王妹の婿に裏切られたと思ったのなら、王が極度の人間不信に陥ったとしても不思議ではありません。

クーデター計画が本当にあったかどうかはわかりません。特に皇后粛清以降はやりすぎの感じがします。臣下を粛清したあたりで、すでに精神的に病んでいたような気がします。

いずれにせよ、王は周囲の人間に疑心暗鬼になり、粛清を繰り返しながら精神を病んでいったのだと思われます。

当然、この行き過ぎた行動に対して世論の反発が強まっています。

その中で、王は現在ストレス過多となり、顔色がわるく、表情が険しくなりました。

健康が思わしくありません。強迫神経症が疑われます。

王の求心力は、すでに弱まっています。日本の首相も、求心力が弱まると交替させられますね。既に世論の反発が強い王朝ですから、メロスがテロを結構しなくても、クーデターが起こる可能性が極めて高くなっているはずです。
そうなれば、王は暗殺されるか、良くても国外追放されるでしょう。
ところがディオニス王には、既に王位継承者はいません。ですから、ディオニス王朝は近いうちに滅亡するはずです。
(ディオニス王のモデルとなった王は息子に暗殺され、王位を継いだ息子も義弟により国外追放となっています。)
弟や従兄弟を殺し三代目に源氏の血が途絶える原因を作った源頼朝と同じですね。
「生かしておけぬ」というメロスの願いは、別にメロスが実行しようとしなくても、そのうち実現したはずなのです。

2 この年は異常気象だった

地中海性気候の土地が物語の舞台です。
地中海性気候では、冬には一定の降雨がありますが、初夏には雨が降らず乾燥しています。だからオリーブやブドウなどの栽培が盛んなのです。
ところが物語では初夏に大雨が降り、川は氾濫し、橋が流されています。災害レベルの豪雨と言えます。
婿となる牧人は「ぶどうの季節」を待つ以前に、今年はブドウが収穫できるか心配した方がよいと思います。

 

次回は「走れメロス」の舞台設定の謎です。